「イメージにとらわれない」老舗酒蔵の大英断
屋号の由来は「奥州の二本松」から。その土地に住まう人々や歴史とともに歩むのが地酒のあり方とするならば、「奥の松酒造」の覚悟はその名を冠した時にすでに決まっていたと言えるでしょう。長きにわたり酒造りに携わって今年でちょうど300年目。気の遠くなるような年月の積み重ねについて尋ねると、19代目の現当主・遊佐丈治社長は謙遜しつつもこう話してくれました。
「酒屋にとって300年ってそう珍しいものではないんですよ(笑)。実際のところ、うちがいつから酒を作っているかは明らかではないんです。とはいえ、ここまでくる間にはいろいろな浮き沈みもあったのは確か。
その度に時代ごとの当主が危機を乗り越えてきたからこそ、今があると思いますし、それには素直に感謝しています」
自身も当主を継いですぐ、大々的に商品の見直しを行ったという遊佐社長。ラベルのデザインを一新し、停滞していた売り上げを大幅に伸ばしました。
「イメージにそぐわないと思われていたことにあえて挑戦し、社内に蔓延していた“奥の松らしさ”という固定観念を払しょくしたかったんです」とは、当時を振り返っての言葉。慣習にとらわれず、新たな見方を提示することで、良い結果を呼び込みました。さらに改革は続き、酒造りそのものにも着手。先代も進めていた機械化を本格的に導入します。
機械と人の手と伝統が醸す唯一無二の酒を目指して
「酒屋が機械を使うと言うとあまりいいイメージを持たれないかもしれませんが、ある場面では人間の手よりもいい性能を発揮するものなのです。人間ですから長時間作業しているとどうしても疲れて失敗してしまうこともありますよね。そのあたりを補うことが目的であって、決してラクをするためではありません。また、機械とはいえマニュアルですから、スイッチを押したら自動でできるわけじゃない。材料が変われば作り方も変わるし、人間がコントロールしないとちゃんとしたゴールに到達することは不可能です。あくまで人間が考えたものを機械で再現する、目標を達成するための機械の導入でした」
これにより毎年味が変わったり、在庫切れしたりせず、安定的にお酒を供給できる仕組みが完成。一方で多様なラインナップを揃えたことも大きな強みとなりました。
「こちらから“これがおいしいですよ”と言うのではなく、並んでいる中から手にとってもらう酒にならないとダメだと思ったんです。たとえば、うちは今県内で最も海外輸出が多いのですが、それもアジアやヨーロッパ、北米などそれぞれの好みに合致する商品を持てたから。飲む人のニーズを意識しました」
攻めの姿勢が理想の酒造りを可能に
すべては“選ばれる酒”であるために。積極的に国内外のコンクールに出品し、評価を高めることもその一環であると言います。では、奥の松酒造の掲げる理想の酒とはどのようなものなのでしょうか?
「普通の人が普通に飲むお酒です。こう言ってしまうと特徴がなく聞こえるかもしれませんが、賛否が分かれる酒にはしたくないという思いがあります。飲み手を選ぶお酒ではなく、初めての方にも日本酒のおいしさを感じていただけるお酒でありたいのです」
確固たる信念にもとづき、時代の流れに合わせた酒造りを追求することで飛躍を続ける奥の松酒造。遊佐社長の目は、この先のビジョンもしっかりと見据えていました。
「大手にもできないこと、そして小さい蔵にもできないこと、その真ん中を行くことでしょうか。たとえば大手の蔵ですと量販酒が中心ですので万人向けの酒造りになってしまい特徴が弱くなってしまいます。また、小さい蔵だと個性を前面に出す為、販売先が限定されたり販売価格が不適切になってしまう傾向があるようにも感じます。高品質のものを安価で買えてこそ、日本酒の未来は拓かれるのではないでしょうか。昔ながらの日本酒の世界も、まだ変えられるところがあると信じています」
目指すは「福島県内トップの銘柄になること」。そんな力強い言葉からは、これからもこの地で末永く愛される地酒であろうとする、酒蔵のプライドが感じられました。