南会津らしさが活きる 地元に愛された酒
「冬場じゃなくてよかったですね〜。雪道は慣れていない人だと命がけだから(笑)」
開当男山酒造の14代目蔵元・渡部謙一さんは、そう言ってにこやかに出迎えてくれました。蔵のある南会津町は毎年11月には初雪を観測し、その後3月いっぱい雪が降り続くという県内有数の豪雪地帯。もっとも寒い時期はマイナス10度以下の日が何日も続きます。
しかし一方で、そんな厳しい環境がおいしいお酒の“もと”となっているのも事実。低温での長期発酵を可能にする気候は、キレイで雑味の少ないお酒を生むと言います。現在、南会津町にある酒蔵は開当男山をはじめ、国権酒造、花泉酒造、会津酒造の4軒。いずれ劣らぬ人気蔵の名前を聞けば、この町がいかに酒造りに適した場所かおわかりいただけるのではないのでしょうか。
「会津若松と比べると規模が小さい蔵が多いので、蔵同士、品質で競い合ってきた面はあると思います。どこも個性的で、売り方もそれぞれですが、『南会津の地酒で乾杯!』といったイベントを開催したり、一丸となって盛り上げています」
ところで「男山」という名前を持つお酒は日本各地に存在しているのをご存知ですか? 渡部さん曰く、全国には20軒以上の「男山」があり、東北には特に多いとのこと。“○○政宗”や“○○寿”などと同じく昔から広く用いられてきた、いわばお酒の代名詞のひとつだそうで、開当男山も1716年の創業以来、南会津の地酒として人々に親しまれてきました。
“開当”とは酒造りをはじめた3代目の開当さんに由来します。 「県内への出荷が全体の7割ほどで、そのうち6割は地元です。昨今、普通酒は苦戦していると言われますが、私たちの蔵では安定していて、むしろ出荷は増えているほど。それも地域の方に晩酌の定番酒として飲んでいただいていることが大きいと思います」
それもそのはず、開当男山の酒造りのテーマは「名脇役になること」。楽しい会話の、またはおいしい料理の席で。はたまた悲しい時、うれしい時などどんなシーンでも。いつでも傍らにあって飲み手に寄り添えるお酒を目指し、際立った特徴を感じさせないようバランス良く仕上げていると言います。
「気がついたらいつの間にか空になっているような、そんなお酒が理想ですね」
朴訥としたなかに温かみのある酒質は、まるで南会津の人々そのもの。地元で長年愛される理由がわかった気がしました。
ものづくりの基本は 遊び心とひらめき
蔵を切り盛りする一方で、福島県酒造組合の副会長としても引っ張りだこの毎日を送る渡部さん。全国新酒鑑評会で悲願の5連覇を成し遂げた今、福島のお酒に対してどんな思いでいらっしゃるのでしょうか。
「まだ、話題先行で実売まではいたっていない状況です。もうひと踏ん張りが必要ですね。たとえば東京の居酒屋さんに“福島の酒がないと商売にならない”と言われるくらいにならないといけないなと思っています。
それでも、イベントで売り場に立っていると“福島のお酒って日本一なんだよね!”と、声をかけていただくことも増えました。食べ物、気候、人間性……地域ごとの特色がお酒に表れているのが福島酒の魅力。それをよりたくさんの人に知って欲しいと思います」
昨今では飲み手のニーズにあわせ、新しいお酒のアイデアを積極的に取り入れているという渡部さん。ウィスキーやワインの熟成に使われるオーク樽で醸した大吟醸など、思いついたら実践をモットーに挑戦を続けています。
「蔵の仕事はどうしても単調になりがち。辛い、暗い、大変、とマイナスのイメージが付きまといます。でも、たとえどんなものだろうがものづくりというのは基本的に面白いこと。毎年ではないけれどなるべく新しい提案をして、遊び心を忘れずにいたいなと思います。その方が造り手も勉強になるし、新鮮な考えで酒造りができますから」
地に足のついた無骨な男らしさの中に、軽やかに時代を見つめる視線を携えて。その精神に“男山イズム”とも呼ぶべき美学が確かに息づいています。
開当男山酒造
福島県南会津郡南会津町中荒井久宝居785
TEL:0241-62-0023
http://otokoyama.jp/