研究者から杜氏へ 異色の経歴を酒造りに活かす
福島県の中通り南部、いわゆる“県南地域”は、勢いのある若手蔵元が多いエリア。松崎酒造店(「廣戸川」)の松崎祐行さん、豊国酒造(「一歩己」)の矢内賢征さんら若い後継者が蔵に戻り、それぞれに頭角を現しています。
白河市で約240年の歴史を持つ有賀醸造の杜氏として、日々酒造りに励む有賀裕二郎さんもそのひとり。4人兄弟の次男として生まれた有賀さんを、酒造りの道へと駆り立てるきっかけとなったのは東日本大震災でした。
「当時の私は東北大の生命科学研究科の博士課程に在籍していて免疫の研究をしていました。それまで酒造りをしようなんていう気は全くなく、研究者としてやっていこうとしていた時です。震災や原発事故を目の当たりにし、考えが変わりました。いつ何の役に立つかわからない自分の興味本位の研究よりも、実家を手伝うことの方が大切だと思ったのです」
夢を諦めることに迷いはなかったという有賀さん。しかし、右も左もわからずに飛び込んだ日本酒の世界で、思いがけずこれまでの経験が活かされることとなりました。
「酵母の特性を調べたり、お米の吸水率や製麴室の乾燥具合を測ったりなど、実験やデータの積み重ねは得意でしたから。それは役に立ちましたね。おいしいお酒がどうしたらできるのか、 技術がない分、とにかくデータを取ることが重要でした」
当時の有賀醸造では看板商品のマッコリが好調で、日本酒の製造はごくわずか。特定名称酒はほとんどなかったと言います。そんな中で、真っ向から日本酒に取り組もうとした有賀さんは「感覚や経験に頼らない酒造り」を掲げました。
曰く、「それを待っていたら何十年先になるかわかりませんから」。「陣屋」は、そんな有賀さんが自分の実力を知るために、蔵に戻った翌年から造り始めたお酒。5年経った現在では「SAKE COMPETI TION 2016」で金賞を受賞するなど、蔵を代表する銘柄へと成長しました。
「最初の頃はなんとかまともな酒を作りたいという一心でした。だんだん認めてもらえるようにはなってきましたが、まだ目標の3割くらい(笑)」 持ち前の探究心で、さらなる酒質向上を目指します。
「見つめるべきは自分の酒」 ブレない姿勢で腕を磨く
元研究者ゆえか、有賀さんは好奇心の塊のような人。自社田で酒米を栽培し、酒造りに活かしたいとする“ドメーヌ有賀”化構想に、BBQや音楽を絡めたイベント型の蔵開き、新しい酵母の開発と、少し聞いただけでもワクワクするような未来の目標を語ってくれました。
「日本酒にもまだまだいろいろなチャレンジができると思っています。全くの未経験でこの世界に入り、今までは技術を高めることに専念してきました。これからはもっと自由に、既成概念とらわれない造りや取り組みをしていきたいなと」
中でもご執心なのは“熟成”。とあるお酒に出会い、日本酒の魅力を改めて再確認したと言います。
「ここ最近はあまり寝かせず、できあがったお酒をそのまま出すことが多いですが、日本酒の魅力はそれだけではないですから。今年デビューさせた「生粋左馬」はビンテージ目的で造りました。今後、味わいも変化 させていくつもりです」
良いものはどんどん吸収し、自らの酒造りに活かしている有賀さん。しかし、その上で「見つめるべきは自分のお酒。ほかの酒は刺激にはなるけど、必ずしも同じにすればいいというものでもありませんからね」と、ブレない姿勢はさすがです。
「酒造りは大変だけど楽しい。できあがったらその大変さも忘れちゃうんですけど(笑)。日本酒は知れば知るほど、昔の人はすごいなと思うんです。生酛や山廃、火入れ……。データも何もない時代によく考えたなという方法ばかり。きっと何度も失敗して確立していったんでしょうね。私もその精神でおいしいお酒が造れるよう、腕を磨いていきたいなと思います」
有賀醸造
福島県白河市東釜子字本町96
TEL:0248-34-2323 http://arinokawa.net/