代表社員 塩谷 隆一郎さん
1972年生まれ。大学卒業後、稲川酒造店に入社。2011年に代表社員に就任。福島県酒造組合の需要開発委員メンバーでもある。
根強いファンに支えられた 個性豊かな地酒
命名の由来は豊かに実る稲と、磐梯山から流れ出る伏流水で仕込んだお酒であることから。
酒造りに恵まれた環境をそのまま冠したかのような名前の一方で、先祖が贔屓にしていた力士の名前にあやかってつけた、とも。
「どちらが正解かはわからないんですが」と、稲川酒造店の6代目、塩谷隆一郎さんはにこやかに教えてくれました。
かつては5、6社とあった猪苗代町の酒蔵も次々に暖簾を下ろし、今ではたった1軒に。それでも、嘉永元年創業以来の町の地酒としての使命を胸に、地域密着の味を守り続けています。
「個性的、とよく言われますね。日本酒と言うと、“淡麗辛口”をイメージする方が多いと思うのですが、確かにそれとは逆かもしれません。まあ、似たお酒ばかりになっても面白くないですから。ひとつくらいはこういうのがあってもいいのかなと」
会津のお酒は甘みがあり柔らかで女性的と評されることが多いところ、稲川酒造店のお酒は米の旨みがしっかりと感じられる力強いタイプ。水系の違いか、はたまた杜氏の腕の為せる技か。
いずれにせよ、福島酒の奥の深さを感じさせてくれるお酒であることは間違いありません。塩谷さん自身、「万人受けはしなくても、リピーターになってくれる人が増えれば」との思いで営業活動に励んでいるそう。
取材の最中にも、ひっきりなしにお酒を買い求めるお客さんが訪れていたことが何よりの証。根強いファンに愛される、一度ハマったら飲み続けたくなる、そんなお酒と言えるのではないでしょうか。
ブレずに、実直に 今あるものを大切に
稲川酒造店は塩谷さんで6代め。2011年に急逝した先代に代わり蔵を受け継いでから、6年が経ちました。
震災で土蔵が壊れるなど大きな被害を受けた中での代替わりは、「わけもわからず、無我夢中だった」そう。
親子の気恥ずかしさもあり、先代と酒造りについて語ることは少なかったという塩谷さんですが、とにかく品質第一に、精魂込めて造るという姿勢を父の働く姿から学んだと言います。
「味のいい酒をこだわって造ること。それ以上でもそれ以下でないんです」という語り口からは、人当たり良く笑顔を絶やさない印象とは違う、会津人らしい頑固さも垣間見えました。
「味わいや造りもなるべく変えずにやっていきたいんです。あれこれ手を伸ばすと、“どっちなの?”ってなっちゃうでしょ? それならズバッと信じる道を行きたい。新しいことをやるよりは、今あるものをブラッシュアップできたらと思っています」
現在の代表的な銘柄は「七重郎」と「百十五」。前者は純米無濾過に特化したハイスペックなシリーズで、全国新酒鑑評会はじめ、さまざまなコンクールで好成績を収めている稲川酒造店の看板。
「七重郎」とは塩谷家の当主が代々襲名する由緒ある名前でもあります。一方、後者は酒米の栽培も杜氏自ら手がけたという逸品。印象的な銘柄名は酒米を育てている田んぼの脇を、国道115号線が通っていたことから名付けられました。
どちらにも共通するのは、ほとんど地元流通である点。都内でも一部の酒販店を除き、アンテナショップでしか販売されていない、正真正銘レアなお酒と言えます。
「まずは、このふたつを地域に根付かせることからと思って。決して控えめに売ってるわけじゃないんですよ! でも造りすぎて杜氏が倒れちゃったら困るし。いいんですよ、あんまり主張せず。キャラじゃないですから(笑)」
どこまでも自然体な姿勢は、“川”の流れに身をまかせるがごとく。それでも大地に根を張る“稲”のように、信念は曲げずに健やかに。塩谷さんの人柄そのものが稲川酒造店の醸すお酒を体現しているようにも感じます。
「20年前と比べたらどこのお酒もおいしくなっています。そして、飲む方も量は飲めなくてもおいしいものを飲みたいという人が増えました。“なんでもいい”じゃないからこそ、皆さんに愛される、おいしいと思ってもらえるお酒を造っていきたいですね」
稲川酒造店
福島県耶麻郡猪苗代町新町4916
TEL:0242-62-2001
https://www.sake-inagawa.com/