神のお告げが生んだ蔵の町の名酒
《むかしむかし、良い酒を造るべく寝食を忘れて働く東海林萬之助という青年がおりました。ある日、彼は夢枕に現れた「朝日稲荷」の神さまから、酒造りの秘伝を教わります。早速試してみると素晴らしいお酒ができあがったので、萬之助は須賀川(福島県中通りの地名)の「朝日稲荷」を訪ね、丁寧にお礼をしました。すると、再び夢枕に神さまが現れ、「汝の造る酒に『夢心』と名づくべし」と告げます。萬之助は大変感動し、お告げの通り商標を『夢心』と改め一層酒造りに励みました》
銘柄や蔵の名付けの由来は蔵ごとにさまざまありますが、これほどファンタジックな逸話を持つ酒蔵も珍しいのではないでしょうか。この言い伝えを聞いて育ったという「夢心酒造」の6代目・東海林伸夫社長は子ども時代をこう振り返ります。
「蔵人さんに“ひねりもち”(酒米の蒸し具合を見る昔ながらの方法のひとつ)を作ってもらったり、まだお酒になる前の甘い醪を舐めさせてもらったり。思えば、子どもの頃からいずれ蔵に入ることは当たり前のように思っていました」
40歳で社長に就任し、現在は営業や酒質設計に取り組む毎日。そんな東海林社長には、長年続けているある習慣があります。
「飲食店や酒販店で提供されている商品を買い、定期的に味をみることです。僕のイメージした通りお客さんに届いているか、劣化がないかなどをチェックしています」
遠くはアメリカまで出かけて飲み比べをしたこともあるという東海林社長。あくまで飲み手の目線に立った誠実な酒造りは、各地の居酒屋などで開催されるお酒の会に積極的に足を運ぶ姿にも表れています。
「一番多い時で年間50回ほどやっていました。マーケット戦略では末端が一番強いんです。メーカーがおいしいと言うのと、お客さんがおいしいと言うのでは100倍くらい信用度が違います。そこで話題になると居酒屋や小売店にも名前が広がっていくんですよね」
お客さんと一緒にお酒を楽しみながら、最近飲んだ銘柄や、周りで話題になっている酒蔵などについてざっくばらんに語り合う。そんな時間は東海林社長にとって何より信頼の置ける市場調査だそう。
「常に勉強ですね。今年は良くできたと思っても、他のお酒を飲むとまたうちに足りないものが見えてきます。それを次の年の宿題と思って、向上していくことが大切。お酒の味にゴールはありません」
福島酒をもっと身近に 一丸になって夢に向かう
「夢心酒造」は、蔵の名前を冠した「夢心」のほかに、もうひとつ“看板”を有しています。それが今や全国的な人気銘柄となった「奈良萬」。まだ酵母が生きている劣化しやすいものも出せるよう、きちんと品質管理や商品説明ができる小売店でのみ販売が許された、いわば特約店向けのお酒です。「夢心」が地元で長年愛されてきた地域密着型銘柄なら、「奈良萬」は全国、果ては世界へ飛び出すグローバルなお酒。その誕生の背景には、福島の日本酒をより高みへと押し上げようとする想いがありました。
「昔の福島の日本酒は、地酒の甲子園があったら、そこに出場することが目標でしたが、今はみんな優勝を狙っています。同世代に廣木酒造(「飛露喜」の醸造元) というPL学園がいて(笑)、こうすれば戦えるという例を間近で見られたことも大きかったように思います。おいしいと言われるストライクゾーンのどこに球を投げるかなんですよ。「飛露喜」がまず勝ち抜いているので、僕が違うポイントを見つければ、ふたりで優勝を狙えるようになる。若い蔵元にも早く自分のストライクゾーンを見つけなさいと話しています。飲み手の層が厚くなったことで、最近は本当にいろんな球が飛んでくるようになりました。こちらも負けないように、日々精進しないと」
目指すは全国大会優勝。大きな目標のため蔵元同士が手を取り合う、そんな心構えが福島の酒蔵にはあると言います。
「日本酒の消費量が年々減る中、どうしたらまだ飲んだことのない人に飲んでもらえるか。もっと福島の日本酒が身近なものになることが、私たちの“夢”です」