明治2年に会津若松で創業した榮川(えいせん)酒造は、およそ30年前に現在の磐梯(ばんだい)町へ酒蔵を移しました。
福島を代表する名峰・磐梯山の麓でスキー場が近く、冬は雪にすっぽり包まれます。
人に厳しいこの環境に求めたのは、“水”でした。
先代が会津周辺の水源地を回った末にたどり着いた「龍ヶ沢湧水(りゅうがさわゆうすい)」は、榮川酒造が磐梯町へ移転した直後に日本名水百選に指定されました。
もしも指定が先だったら、酒蔵の移転は認められなかったかもしれません。
運命に導かれたように磐梯町へとやって来て30年。
日本に酒蔵は数あれど、名水百選を使って醸しているのはわずか数蔵です。
取締役の宮森優治(みやもりゆうじ)さんに、榮川酒造の酒造りについてお伺いしました。
ここ磐梯町の地酒を造る
「“地酒”って、当たり前のことだと思うんです」と宮森さん。
「皆が同じ味の酒を造ったんじゃ面白くないでしょう。各地にいろいろな料理があって、それに合う酒がある。それが自然な姿だと思います」
その言葉通り、榮川酒造は地元の水・米・人での酒造りを体現しています。
水は先に述べた龍ヶ沢湧水。
米は、地元の農家さんたちがつくったものです。
磐梯町への移転直後に「酒米研究会」を立ち上げ、榮川酒造の酒に合う酒米を、地元農家と共に試行錯誤してきました。
米へのもう一つのこだわりが、銘柄です。
以前は大半の銘柄で山田錦を使っていましたが、今ではほとんどが美山錦(みやまにしき)です。
長野の山間部で生まれた美山錦は寒さに強く、磐梯町の気候によく合いました。
地酒とうたうのなら、地元の風土に合ったこの銘柄を使うべきだと考えた宮森さん。
酒米の王様とも呼ばれる山田錦を止めることには、「味が落ちる」と反対の声が上がりました。
しかし“地酒”は榮川酒造の原点。
「他の蔵のことや、流行は関係ない。長い目で見よう。“地元の米を使う”という私たちの姿勢は、未来永劫変わらない」
――宮森さんの意思は揺らぎませんでした。
2月の風物詩・立春初搾り
毎年2月は、酒蔵と酒販店とお客様とが一緒に盛り上がる年に一度のイベントがあります。
立春の日に、搾ったばかりの酒をその日のうちに飲んでもらうという「立春朝搾り」です。
2021年は全国の44蔵で行われました。
榮川酒造がこの企画に参加するようになって18年。
酒蔵だけでなく、酒をお客様へと届ける酒販店にもより酒の魅力を伝えたいと、田植え・稲刈り・仕込みと3回酒造りに関わってもらっています。
出荷前日には県内各地から酒販店が集まり、乾杯。
仮眠を取り、翌朝に瓶詰めされた日本酒を持って出て行くのです。
「正直なところ、とても手間がかかるイベントです。でも、酒販店さんにもお客様にも、日本酒の楽しさをもっと広めていきたい。その想いだけで続けてきました」
どうしても「密」になってしまうため、今年は酒販店と集まることはできませんでした。
来年はいつものように顔を合わせられるように――。
その想いで、今年も立春の日に酒を搾りました。
榮川には榮川の役割がある
榮川酒造は、今や大手と呼んでも過言ではありません。
歴史や規模を踏まえて、それぞれの蔵にはその時々で役割があると宮森さんは考えています。
「私たちが大手だとすれば、『定番を守る』ことも役割の一つです。地元で昔から飲まれている定番の酒というのは、地元の方々にとってかけがえのないものです。その味を勝手に変えることはできません。みなさんの人生を変えることになってしまいますから」
“理想の酒”について伺ってみると、「酒の感想が出てこないのが一番です」とのこと。
酒は食があってこそ。
「この米の味が…」と言われるのではなく、ただ饒舌になり、料理がどんどん進んでいく。
楽しく美味しい時間だった、というその食卓に、榮川の酒があったならそれでいい。
「もちろん、“うまい!”はうれしいですよ」と宮森さんは笑顔で付け加えました。
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榮川酒造株式会社
福島県耶麻郡磐梯町大字更科字中曽根平6841-11
TEL:0242-73-2300
http://www.eisen.jp/