福島第一原子力発電所からほど近い、福島県の浪江町。
五年ほど前にようやく避難解除となり、町民の帰還が始まりました。
しかし、まだまだ帰ってきた町民は一部、まちづくりはこれからが本番です。
その中で、“復興のシンボル”とされているのが「道の駅なみえ」です。
二〇二〇年夏のプレオープンを経て、二〇二一年三月、
「道の駅なみえ」はいよいよグランドオープンを迎えました。
最後に出来上がったのは「なみえの技・なりわい館」。
地元・浪江町の酒蔵と窯場が入り、日本酒や陶芸に触れることができるエリアです。
ここで酒造りをしているのが、鈴木酒造店です。
江戸時代から浪江町で酒造りをしていましたが、東日本大震災により全建屋が流出。
二〇一一年秋からは、山形県へ蔵を移して酒造りを行ってきました。
「いつか必ず浪江に帰る」―そう言い続けてきた鈴木大介さん。
震災から十年、ようやくその願いが叶いました。
今の想いをお伺いしましょう。
十年ぶりの浪江町
「浪江の、この環境で酒を造れるということが本当にありがたいです」―鈴木さんは、そんなふうに語り始めました。「酒造りの感覚を培ってきたのは浪江ですから…懐かしいですね。ここで酒を造っていると、『ああ、浪江に帰ってきたんだ』と感じます」
浪江町の風土の特色はいくつかあるそうで、例えば立地。標高が高くない―むしろゼロに近いため、沸点の管理が容易で、米を蒸すのにとても都合が良いのだそう。また、雪はほとんど降らず、代わりに乾燥した風が強く吹くため、蒸した米がよく冷え、締まるといいます。鈴木さんいわく、「浪江は、日本酒の原料処理に最高の場所」。
ただし、以前とまったく同じ環境というわけではありません。大切な原料のひとつである水が変わりました。しかし、そこは移転先・山形での経験が糧になっているそう。「山形では、気候も水もすべてが違う環境で酒を造ってきました。苦労もたくさんありましたが、この10年はかけがえのない財産です」
浪江の酒は浜の酒
今月お届けしたのは『磐城壽 純米吟醸 大漁祝 紺碧 生酒』です。『磐城壽』は鈴木酒造店の顔。長年地元の漁師さんに愛されてきた銘柄です。
おすすめのおつまみを聞いてみると……なんと、アンコウのどぶ汁!? なんでも、AI分析の結果なのだそうです。
「どぶ汁はかなり驚きましたが(笑)、うちは“日本一海に近い酒蔵”と呼ばれるほど海のそばにあった蔵だったんです。浜の物との相性はずっと意識してきました」
浪江町で獲れるのは、ヒラメ、カレイ、スズキなど白身魚が中心です。上品な淡白さを味わうためには、味が濃すぎても、香りが高すぎてもいけない。塩蔵品や干物とも合うよう、塩分や酸味を和らげる味わいに……。
「この地域で、町の人たちの暮らしと寄り添って出来上がったのが、うちの酒なんです」。ぜひ“浜の物”とご一緒に。
変わっていく浪江町を見てほしい
魚介をはじめ、酒米も水も、浪江町の恵みで鈴木酒造店の日本酒は培われてきました。しかし、震災ですべてが変わった今、「今度は逆のことをしないと」と鈴木さんは語気を強めます。
「これまで受け取ってきたものを、返す番なんです。私たちがここで酒を造ることが、人の集まるきっかけになればと思っています」。そう、住民の帰還が始まったといはいえ、まだまだその数は多くありません。観光客はもちろん、地元の人にとっても、「道の駅なみえ」が交流の場になれば…と願っています。
「今の目標は、鑑評会です。浪江の米と水を使って、浪江で造った酒で金賞が取れたら、町の人たちにとって自信になると思うんです。浪江に戻ろうか迷っている人の後押しになるかもしれない。酒造りはもちろんですが、まちづくりにも積極的に関わっていきたいですね」
少しずつ人が増え、新しい施設が建ち、変化真っ只中の浪江町。訪れるたびに新しい発見があるはずです。「今の浪江がどうなっているか、何度でも足を運んで、変化を肌で感じてほしいです」と鈴木さん。「道の駅なみえ」では、酒蔵見学はもちろん、日本酒や発酵食品を味わうこともできます。変わり続ける浪江町へ、足を運んでみませんか。