やまつり福島県と茨城県との県境・矢祭町にある矢澤酒造店。
福島県最南端のこの酒蔵は、2016年、藤井酒造店から矢澤酒造店へと名前を変えました。
藤井酒造店の造る『南郷』という酒に
すっかり魅了された日本酒ファンが、自ら酒蔵を継ぐ―。
嘘のような、本当の話です。
一本の酒が繋いだ縁について、
そこまで惚れ込んだ『南郷』について、
現当主の矢澤さんにお話を伺いました。
『南郷』が導いた天職
矢澤酒造店の9代目・矢澤さんは、運命に導かれるようにこの蔵にやって来ました。日本酒を飲み始めたのは20歳の頃という、かなりの日本酒ファン。そんな矢澤さんが夢中になったのが、ある飲食店で出会った『南郷』でした。店を訪れては『南郷』ばかりを飲む矢澤さんを見て、女将さんがお店の常連だった8代目蔵元の義弟を紹介してくれたのが始まり。偶然にも蔵元本人と3人で会う機会があり、酒の好みなどで意気投合。「蔵を継ぎませんか」という蔵元の誘いに、「やりましょう」と即答したそうです。
「ためらいは全くありませんでしたね。日本酒の中でも、大好きな『南郷』に関われるなんて、運命だと思いました」
酒造りは、寒い冬に行う厳しい肉体労働でもあります。造り方は知っていても、実際にやってみるのでは大違い。しかし、「たしかに大変ですが、辛いと思ったことは一度もありません」と矢澤さんは笑顔です。
「最初に搾った『南郷』は、うれしすぎて記念に全部取っておこうかなと思ったくらいです(笑)。酒造りは6回目になりますが、飽きることもありませんね。“趣味は仕事にしない方がいい”という人もいますが、私は好きなことが仕事になってとても幸せです。友人からは『仕事をしているのか遊んでいるのかわからない』とよく言われますよ」
花火のような、奇跡のバランス
矢澤さんがここまで惚れ込む『南郷』は、先代である藤井健一郎さんが造ったものです。パッと広がって、スッと消えていく“花火”をイメージしたといいます。
「まさに『南郷』の味わいですね。まず旨味が口に広がって、それがスッと引いていきます。旨味だけ、キレだけ……というお酒はありますが、両方バランス良くというのは本当に難しいんですよ。これだけ旨味があると、普通は飲み飽きてしまうのですが、キレが良いので延々と飲めてしまうんです。恐ろしいお酒ですよ」
米の旨味が、食べ物の旨味を引き立ててくれる。どんなものにでも…面白いところでは、麻婆豆腐やカレーにも合うといいます。「純米酒なので、米だと思ってください。白米にかけて美味しいものなら大丈夫。スパイシーなものにも負けない懐の深さがありますよ」
晩酌の1杯目はビールと決めている矢澤さんですが、『南郷』に手を伸ばしてしまうと、もうビールには戻れなくなってしまうそう。旨味とキレをじっくり味わって、あなたも『南郷』にハマってみてください。
『南郷』を県外、そして海外へ
『南郷』について、「もう突き詰められているので、未来永劫、造りや味を変えるつもりはありません」と矢澤さん。現代の造りとはかなり異なる手法を取っていますが、どれほど手間がかかっても、今の味を守ることが使命だと考えています。
一方で、新たな造り方や、新商品開発にも積極的です。最近では、インターナショナル・サケ・チャレンジの純米大吟醸部門で『純米大吟醸 白孔雀 BY 2020』が、世界一のお酒に捧げられるトロフィー賞を獲得するというニュースもありました。『南郷』らしい旨味は、この『純米大吟醸 白孔雀 BY 2020』にも含まれています。「米の旨味があると賞を取りにくいと言われていました。でも、うちの蔵は“『南郷』らしさ”を忘れてはいけない。だから、この味で賞が取れたことが本当にうれしいんです」と矢澤さんは顔をほころばせます。
この先、一生でひとつの銘柄しか飲めないのなら、やっぱり『南郷』を選ぶ―。『南郷』をもっと広めるためにも、他のラインナップにも力を入れていくといいます。矢澤さんの情熱は尽きることがありません。