福島県の南西部、栃木県との県境にほど近い南会津町。
ここに、330年以上もの歴史を持つ酒蔵・会津酒造があります。
南会津の酒米、南会津の水にこだわり、酒造りを行ってきました。
現在蔵を率いるのは、二人の兄弟です。
九代目である兄の渡部景大さんが、根本の酒質設計を。
それを受けて、弟の裕高さんが仕込みや蔵人への指示を。
「兄と一緒に働くことになるとは思ってもみませんでした」と語る、弟の裕高さん。
そもそもは日本酒を飲むこともほとんどなかったという裕高さんに、お話を伺ってきました。
酒造りは、割り切れないから面白い
学生時代から東京に住んでいた裕高さん。経営学を学んで税理士を目指しており、酒造りの道に進むとは夢にも思っていませんでした。
「子どもの頃に遊びで蔵に入ったことはありますが、本格的に手伝ったことはありませんでした。家業だからこそ、あえて距離を取っていたのかもしれません。周りから『酒屋の息子』と呼ばれるのが嫌だったんですよ」
兄の景大さんが蔵に戻り、「人が足りないから、ちょっと手伝ってくれない?」と声をかけられたのが転機となりました。
「長めの帰省のつもりで、その年の仕込みが終わったら東京に戻る予定でした。ただ、仕事の後の勉強が、だんだん税理士から酒造りになっていって……。気づいたら、税理士のことは忘れていました」
税理士の勉強とは違い、酒造りはなかなか教科書通りには進みません。1+1が5になったり、時にはマイナスになったり。裕高さんの目には、それがとても魅力的に映りました。
「私はどちらかというと論理派ですが、論理通りにはいかないところが面白いんですよね。兄は完全に感覚派だと思います。どちらかだけでは酒造りはうまくいかないので、2人いるのがちょうどいいのかもしれませんね」
感じるままに、ただ味わって
今月お届けしたのは『山の井 黒 天の川』。
『山の井』は元々純米酒や純米吟醸酒のブランドだったものを、兄の景大さんが2010年にコンセプトを刷新。酒米や精米歩合などのスペックを公表しないというユニークな銘柄です。ラベルに記された「感じるままに飲んでください」という一文には、景大さんの「何の先入観もなく、ただただ好きなように味わってほしい」という思いが込められています。
詳しくは公開されていませんが、『山の井 黒 天の川』は3〜4種類のお酒をブレンドしています。ブレンドを前提として、数種類の酒を別々に造るのはかなり珍しい手法。出荷直前に最終ブレンドをするため、取材時にはまだ出来上がっていませんでした。
「酸味と甘み、それから、秋らしい膨らみを感じられる一本に仕上がるはずです。南会津は、軟水の中でも特にやわらかい『超軟水』が特徴です。“やわらかくて綺麗で飲みやすい酒”を目指しています」
さあ、今年の秋の酒はどんなふうに仕上がったのでしょうか。あなたの舌で確かめてみてください。
日本酒で地域を表現する
会津酒造のある南会津町は、標高が高いこともあって会津の中でも特に寒さが厳しく、真冬にはマイナス20度まで冷え込みます。自転車が趣味だという裕高さんは、休日に町をあちこち走り回っています。
「1キロ離れるだけで、気候がこんなに違うのかと驚きますよ。子どもの頃は都会へ出て行くことしか考えていませんでしたが、今はとても多様性がある地域だと感じるようになりました」
いわく、いろいろな人が楽しめるものが詰まっている地域。日本酒の蔵が4つあり、焼酎やクラフトビールも飲めます。赤提灯にイタリアンに本格カレーと、飲食店もバラエティに富んでいます。
「まだ考え始めたばかりですが、地域を表現するコンテンツとして、日本酒ってすごく面白いんじゃないかと。地域性や個性を出しやすい、まだまだ可能性の詰まったものではないかと考えています」
感覚派と論理派の兄弟は、これからどんなお酒を生み出していくのでしょうか。南会津町を感じられるお酒を味わうことができるのが楽しみです。