1765年から続く酒蔵の九代目にあたる白井栄一さん。
蔵に入り、さあこれから……という矢先に父が亡くなり、
わずか二十二歳で蔵を継ぐこととなりました。
経営も酒造りも、右も左もわからないままに「九代目」という役割を担うことは、
かなりの重責だったはず。
しかし、淡々と語る栄一さんの口調からはそんなことは感じ取れません。
「祖父に杜氏に蔵人に妻……周りの方々に本当に支えられました」
蔵の経営状況が芳しくないことも知っていたそうですが、
「若かったのでそこまで考えていませんでした」と笑って話してくださいました。
穏やかな語り口が印象的な栄一さんのお話を聞いてみましょう。
少しずつでも、酒質を上げたい
栄一さんの祖父も父も、経営と営業に専念しており、酒造りは杜氏に任せていました。栄一さんも大学で経済学を専攻しており、蔵に戻った当初は酒造りには関わっていませんでした。しかし、やがて「このままではダメだ。酒造りも自分でやらなくては」と決意します。
「営業が本当に苦手だったんです。自分の家の酒を100%オススメすることができなくて……。杜氏や蔵人のせいではありません。設備投資や原料を見直す時期にきていたんです」
杜氏が高齢になってきたこともあり、引退後のことも考えて、自分たちで酒造りができる体制を考え始めました。
「杜氏が本当に優しい方で、『失敗しないとわからないことがある』とあれこれ挑戦させてくれました。私がやりたい酒造りにも惜しみなく力を貸してくれて……。今は亡くなられましたが、本当にたくさんのことを教えていただきました」
今では蔵元杜氏として酒造りを担う栄一さん。まだまだ100%の自信には至らないそうですが、酒質が確実に上がっていることを実感しています。酒造りを知ったことで、苦手だった営業にも変化が。「今年の酒はこんなクセがあるんですが、どうですか?」と率直に話せるようになったそうです。
失くすわけにはいかない、地元の酒
今月お届けしたのは、白井酒造店の代表銘柄『萬代芳 純米酒』です。
「私が生まれた時からある銘柄なんです。うちの町―会津美里町の高田地区というところで、ずっと飲んでもらっています。毎年、“なくしたくないなぁ”と思いながら仕込んでいますよ。あまり外に出回るお酒ではないので、この機会にぜひ知ってもらいたいですね」
使用している米は、会津や喜多方などの農家さんのものです。
「できる限り地元の米を使いたいですね。この時代、いい米は日本中どこにでもあると思うんです。それなら、少しでも地元の力になりたい。うちの蔵人たちも、酒造り以外の時期は農家をやっています。農家さんがいなければ、蔵は成り立ちませんから」
栄一さんいわく、「田舎の酒の味」。じっくり味わってみてください。
皆で良くなっていきたい
蔵を継いだ栄一さんは、営業方針を変えました。「とにかくたくさん売る」のではなく、「たとえ数が少なくとも、長くお付き合いできるお客様と取引をする」というふうに。そして、酒販店さんと約束しているのは「売れない時は無理をして売らない」ということ。
「当たり前のことですが、酒販店さんにはうちの酒で利益を出してほしいんです。利益が出ないような売り方をして、うちだけが利益を取っても意味がない。お互いに幸せになる取引を目指しています」
この考えは、酒米を仕入れている農家さんへも共通しています。力になりたいし、力を貸してもらいたい―そう栄一さんは語ります。
「日本酒業界は、ずっと斜陽産業と言われてきました。自分ひとりでこの状況をどうにかできるとは思いません。少しずつでも、みんなで良くなっていきたいんです」
酒造りについても、「毎年ちょっとでも良くなれば。お客さんが『美味しい』って飲んでくれるのがうれしいですね」と語る栄一さん。派手な目標を掲げるわけではなく、真摯に目の前の酒を見つめる姿が印象的でした。