きもと大七酒造を語るなら、「生酛造り」を欠かすことはできません。
生酛造りは、一七〇〇年頃に完成した、最も伝統的な日本酒の製法とされています。
じっくり時間をかけて優良な酵母を育て上げることによって、独特の旨味が生まれます。
ただし、酵母は生き物です。
少し扱い方を間違えただけで、酒が台無しになってしまうことも……。
熟練の技術と、通常の三倍かかるといわれる手間ひまが必要なことから、
今では生酛造りを行っている酒蔵はかなり少なくなりました。
それでも、大七酒造が生酛造りをやめることはありません。
大七酒造にとって、生酛造りとは―?
十代目当主である太田さんにお話を伺いました。
すべては生酛のために
大七酒造の大きな特徴である生酛造りは、太田さんの祖父にあたる八代目が力を入れて発展させたものです。
「当時は効率や合理性が一番だと叫ばれていた時代でした。酒造りも変化していましたから、『生酛造りなんて時代遅れだ』と言われていたことでしょう。それでも信念を曲げず、自分の理想の酒を追い続けた祖父には本当に感謝しています。製法をここまで繋いでくれたからこそ、今の大七があるのですから」
製法を確立させたのが八代目なら、それを磨き上げてきたのが十代目の太田さんです。米の表面を効率良く等厚に磨くことのできる「超扁平精米技術」によって、米の一粒一粒から不要な部分を徹底的に省き、必要な部分だけを残すことができるように。「無酸素充填システム」は、瓶詰めの際に酒が酸化することを防ぎます。どちらも酒質向上に大きく貢献する革新的な技術開発でした。
新たな技術を取り入れるのも、すべては生酛造りのため。伝統を支えるためには、革新が必要なのです。
大七唯一のお酒
今月お届けした『雪しぼり 本醸造 生原酒』は、大七酒造の中でも“レア”な一本です。
生酛造りは、時間をかけて熟成させることが肝。“出来立て”を楽しむ生酒にはあまり向かないといわれています。もちろんそれを知りながら、大七酒造が満を持して生み出した生酒が『雪しぼり』。否が応にも期待が高まります。
「大七で唯一ともいえる、フレッシュな酒です。それでいて力強い旨味と酸味があるのは、生酛造りならではですね。大七の王道とは少し違う世界に触れてみてください」
太田さんは生牡蠣に目がなく、『雪しぼり』とよく合わせるそう。冬の味覚とよく合う、新しい1年の幕開けにふさわしい一本です。
相容れない要素を両立させる酒
2001年、大七酒造は全国新酒鑑評会で金賞を受賞しました。古典的ともいえる生酛造りでの受賞は史上初の快挙です。しかし、二度金賞を受賞したところで、鑑評会への出品は取り止めました。
「賞にこだわりすぎると酒が変わっていってしまうと思ったんです。ですから、勝手ながら卒業させていただきました」と太田さん。目指すのは、金賞ではない。大七酒造には他に追求すべきものがあるのです。
八代目の時代から、大七酒造は「濃醇で綺麗な酒」を目指してきました。生酛造りの特徴である力強さがありながら、かつ余計なものを削ぎ落とした洗練された味わい―。両立させるのは、そう簡単ではありません。
「祖父がずっと言っていました。『なかなかないものに出会った時に、お客様は感動するんだ』と。ですから、どれほど難しくともあきらめることはありません」
熟練の技術と手間ひまを必要とする生酛造りには、この製法でしか生まれない旨味があります。加えて、精米や瓶詰めといった工程ひとつひとつを真摯に見直す大七酒造の姿勢。伝統の製法は、さらなる革新によってどこまで磨き上げられてゆくのでしょうか。