南会津町は、福島県の中でも特に寒さが厳しい地域です。
冬はマイナス十度以下の日が続き、十一月から降り始める雪は、
二メートルをゆうに超えます。
しかし、豪雪地域という厳しい環境だからこそ造ることのできるお酒もあるのです。
開当男山酒造の仕込み水は、清らかな雪溶け水。
雪国ならではの環境で生まれた“超軟水”を使うことで、
雑味の少ない味わいに仕上がります。
2020年に蔵に入った渡部純平さん。
南会津で生まれ育ち、東京の大学で醸造を学び、再びこの地に戻ってきました。
酒造りと、地元への想いを伺いました。
酒がますます面白く、かわいい
渡部さんいわく「無慈悲なまでの自然」を感じられるという南会津町。ふらっと山へ出かけ、猿と出会ったり虫を観察したり……という子ども時代を過ごした渡部さんは、大の生き物好きに。生物の成績は群を抜いて良かったそうです。
大学では醸造学を専攻。虫よりもずっと小さな微生物を顕微鏡で覗き込み、「かわいいなぁ」と思う毎日でした。大学で醸造の論理を理解したことで、子どもの頃から手伝っていた酒造りの真の意味を知り、仕込みの仕事が楽しくて仕方がないそう。
「いい香りがしてくると、もうワクワクしちゃいます。お米って、基本的にそんなに香りはないですよね。発酵して、酵母がつくりだした香りがついて、それであの香りが生まれるんです。その現象自体がすごく面白くて、やたら嗅いでしまいます(笑)」
酒造りにおいて欠かせない酵母は、生き物です。こちらの想定通りに動いてくれないことも珍しくありません。
「そのおてんばなところも含めてかわいいですよ。いろいろな条件が重なって出来上がるというのも、酒造りの面白さだと思います。酵母もかわいいし、酵母がつくってくれたお酒だから余計にかわいいし……。あの時洗っていたお米がお酒になったんだなぁと思うと、本当に『わが子のよう』に感じるんですよ」
どんな温度でも美味しい万能酒
今月お届けした『開当男山 夢の香 特別純米』は、軽やかな味わい。梅雨の近づくこの季節にぴったりです。飲み方は本当に万能とのこと。
「常温でも、冷やしても、温めても美味しいです。私もよく飲みますよ。両親と3人で毎日晩酌をしますが、その時によく登場します。ご近所さんにいただいた漬物と合わせることが多いですね」
開当男山酒造の信念は、「酒は名脇役」。食事や会話に夢中になっているうちにスイスイ盃が進み、いつの間にか飲み切ってしまった―というのが理想だといいます。どんなものと合わせても、このお酒がそっと引き立ててくれるはずです。
遊び心のある酒を
一度東京で暮らし、南会津へ戻ってきた渡部さん。改めて地元の良さを感じています。
「東京に住んでいた時は、お隣さんの顔も知りませんでした。南会津では、3人でも食べきれないほどの野菜をおすそ分けしてもらえます。どちらが良いというわけではありませんが、私はこういう人の温かさを感じられる場所が好きですね」
渡部さん自身も27歳ですが、蔵には20代の若手が多いそう。皆でアイデアを出し合って、日本酒を飲まない層へのアピールも考えていきたいと語ります。
「遊び心がある酒を造りたいですね。大学では“花酵母”を研究していました。まだアイデアの状態ですが、いつか形になればと思っています」
地元と酒をこよなく愛する渡部さん。南会津という場所で、これからどんな酒が生まれるのでしょうか。